2010年6月8日火曜日

グラディウスについて語ろうか

グラディウスについて語ろうか。グラディウスは1985年5 月にコナミより発売されたアーケードゲームで、横スクロールのシューティングゲームだ。本来シューティングゲームを語るにはインベーダーゲームやゼビウスを外すことはできない。もちろんその両ゲームもプレイしたし、2Dの中に3Dを表現するとんでもない作り込みだったと思う。

ただし、僕はこのグラディウスが深く記憶に残り続けている。なぜなんだろう。あの音楽、「上、上、下、下、左、右、左、右、B、A」というコナミコマンド、パワーアップシステム、それぞれがオリジナリティあふれる素晴らしいものだった。音楽は今でも通用するし、コナミコマンドは初心者にとってはすごく助かった。子供だった僕はコナミコマンドなしで、あそこまで遊べたかは分からない。パワーアップシステムも、とんでもないスピードにしたり、レーザービームとダブルショットの切り替えなどシューティングゲームの戦略性を大きく広げた。すごい仕様の追加だ。ただし、たぶん、僕の記憶にここまで残り続ける理由はそれではない。

たぶんそれは、このただ広い宇宙に、ただ一機の超時空戦闘機ビックバイパーに乗り込み戦うことにある。上へ移動したときのグラフィックの変化は、広い宇宙空間を旋回するようだし、敵艦隊はデカイ。数多くの敵が攻撃をしてくる、洞窟の基地をくぐりまた宇宙空間で戦う。その瞬間、僕らは孤独な戦士となっていた。僕はその空間に無意識の内に夢中になっていたんだと思う。僕も戦わなきゃ、って思ったんだと思う。宇宙戦士の孤独な戦い、それがグラディウスだ。

最後にふと考える、今なぜシューティングゲームがリリースされないのだろう。シューティングゲームは古臭い物になってしまったのだろう。僕はそうは思わない。エースコンバットがあるしガンシューティングも立派なシューティングゲームだし、バイオハザードだってある意味シューティングゲームだ。シューティングゲームにつきものなのは、まさに打つゲームであるが故に、僕らはなぜ戦うのかということだ。シューティングゲームが古臭いと感じたら、僕らの戦う理由が古臭いということになる。周りを見てみよう。僕らが戦う理由はまだあるだろう?

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