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2010年7月20日火曜日

ロックマン2 Dr.ワイリーの謎について語ろう

ロックマン2 Dr.ワイリーの謎について語ろう。ロックマン2は1988年にカプコンから発売されたアクションゲームである。横スクロールアクションゲームの礎を築いたゲームは1985年に発売されたスーパーマリオであるがロックマンというゲームはそれを大きく塗り替えた。

大きな相違点は相手のボスを倒すとそのキャラクターの能力を自分のものにすることができるという点である。そしてそれぞれのボスキャラクターにには弱点があり、ボスキャラクターを倒す順番に戦略が生まれる。ゲームシステムをデザインするときに、常に根幹にあるべき部分としてはプレーヤーにたいするポジティブなフィードバックをどうつくるかという点である。

先に上げたスーパーマリオで言えば、何ステージまでクリアできたかという点である。ドラゴンクエストであればレベルアップによりキャラクターが強くなるという点である。 ドラクエ2の発売は1986年であり、初代ロックマンは1987年に発売されている。そういった意味でキャラクターが強くなるというゲームの基板は既に出来ていた。RPGとアクションゲームをどのように組み合わせるか、という難点を上手くクリアしたゲームがロックマンである。

単純にキャラクターのHPが増加するのではなく、キャラクターに新能力を身につけ指せるという解決策は見事としか言いようがない。無限に強くなる仕組みではないのでゲームバランスを壊さず、あくまで戦略の部分はプレーヤーに委ねている。相手キャラクターの解決策を試行錯誤しながらクリアしていくのである。その試行錯誤に面白みがあるのである。一方で難易度調整が難しくなる。Eカンの登場や2コンを使った裏技という解決策が正しかったのかは分からないがギリギリのラインでクリアしていると個人的には感じている。

ただし、現代であれば攻略サイトがすぐ作られてしまう。考えながら答えをトライアンドエラーで探す事ができない。こうした時代においてプレーヤーにどのように余白を提供するかは未だに大きな課題であるといえる。時間効率や最強を求める因果からどうやって現代ゲームは逃れる事ができるのだろうか。僕個人としてはゲームのゴールは人生のゴールと同じく、正しい正解が無いということを再認識する必要があるのではないかと思う。

少し話がそれたが、ロックマン2は1980年代のおわりに登場した革命的ゲームのひとつであることは間違いない。そしてそれは常にプレーヤーの余白を考えていた。ロックマン2からボスキャラクターの一般募集が行われたのも偶然ではない。(リアルタイムの人たちはこぞって応募した記憶がよみがえるかも知れない) プレーヤーの余白を最大限に活かすゲーム設計をアクションゲームで行うのは至難の業だ。ロックマンは爽快感や自己満足を無限に与えるだけがゲームデザインではないということを痛感させてくれるゲームだった。

2010年7月8日木曜日

スーパーマリオブラザーズについて語ろう

スーパーマリオブラザーズについて語ろう。スーパーマリオというばご存知、任天堂から発売されたアクションゲームだ。発売は1985年。任天堂の宮本茂氏の最高傑作の一つである。このゲーム敵を踏んづけて倒すという単純ゲームだが、数多くの微調整がなされている。

まずアイテム。きのこを食べて強くなるというのも、些かサイケデリックな気もしないでもないがきのこがニョキニョキ生えてくる様子は、アイテムが出現した喜びを増強させる。ちなみに僕はずっとクリボーもきのこだと思っていたが、クリボーは栗らしい。次にスターやファイヤーフラワーなどの強化アイテム。これらの強化は単純に強くなるのではなく、ゲームをサポートする為に作られた。これがもしも、RPGのようにどんどん強くなる性質のものだったらプレーヤーは自身のスキルの挑戦をしなかったのではないか。後述しようと思うが、自身のスキルへの挑戦ということが、このゲームの肝だと思う。いずれにせよ各種登場するアイテムはゲームの難易度を絶妙にコントロールしているし、その気になればアイテムを使用しないでもクリアできるように設定されている。

次に無限アップである。本来はバグであるが、段差等でノコノコを踏み続けることで無限に機数を増やすことができる。バグであるからして、仕様という言葉は避けたいところではあるが、この無限アップがあったおかげで僕はスーパーマリオをクリアすることができた。コンティニュー機能がない本作では、無限アップをしてから各ステージの難関に挑戦することができた。そしてあくまで、増えるのが機数だというところが大きい。いくら機数が増えてもステージクリアに必要な自身のスキルは変わらないのだ。

あくまで自身のスキルに挑戦するゲームとしてあり続けるスーパーマリオブラザーズは多くの人間を虜にした。僕が小学生の時、一人で祖父が練習していたの覚えている。そもそも祖父は孫の喜ぶ顔がみたくてプレイしてということを後々になって知るわけだが。いずれにせよ、幅広い年齢層に遊んでもらえるゲームを任天堂は生み出した。そしてその遺伝子は(宮本遺伝子と言ってもいいだろう)受け継げれている。任天堂は20年経った今でも、皆に遊んでもらえるゲームを作ろうとしている。ゲームを通じたコミュニケーションをデザインするその思想は今でも変わらない。

スーパーマリオブラザーズについては、例えばマリオのヒゲは右左が判断しやすいようにつけられたとか、画像データ数を減らすために雲と草の画像を使いまわしているだとか、ジャンプボタンを押し続けるとジャンプが伸びるように設定されているとか、細かい設定や調整は挙げればキリがない。それほどまでに作りこまれたゲームなのだが、それをすべてあげるのは無粋だろう。それらは、ゲームを通じたコミュニケーションを形成する一部なのだから。

2010年6月22日火曜日

くにおくんの時代劇だよ全員集合について語ろうと思う

くにおくんの時代劇だよ全員集合について語ろうと思う。くにおくんの時代劇だよ全員集合は1991年にテクノスジャパンより発売されたアクションゲームだ。くにおくんシリーズはドッチボールをはじめ各種リリースされているが時代劇だよ全員集合は中でも完成度が高い。

テクノスジャパンはこのくにおくんシリーズに頼りすぎたのか(ダブルドラゴンシリーズも面白いのだが)1995年に倒産した。

テクノスジャパンはいわゆるシリーズものではあるのだが、くにおくんというキャラクターをベースに新しいゲームを生み出していた。 いわばスーパーマリオを同じだ。マリオは生き続け、くにおくんは消えて行くことになったことについては、感慨深いものがある。

いずれにせよくにおくんの時代劇だよ全員集合はくにおくんシリーズの中でも最高傑作だ。二人協力バトルもできるし、殴り合うこともできる。ここらへんはファイナルファイトのゲームシステムと同じだ。ただ(熱血硬派シリーズはおいておいたとしても)くにおくんシリーズの殴り合いは、いわばじゃれ合いのような雰囲気を感じさせる。それは、二頭身のキャラクターによるものなのか、アクションによるもののかだろうか。恐らくそれは、ゲーム全体がじゃれ合うように殴り合うことをを中心に作られていたからだ。

殴り合うという行為はまさに暴力的なもので褒められたもので無いことは十分承知の上でだが、そこには魅力的な要素がある。暴力による魅力ではなく、いたずらゴコロにに殴るのである。もしそれが全て否定されるのであれば、漫才におけるツッコミも否定されるべきである。そんなことは容認できない。僕らは、コミュニケーションまたはスキンシップの一部として殴り合うことを容認している。 もちろん痛いのは嫌だが、ゲームなら痛くはない。この線引きがこのゲームの肝だと思う。

また時代劇だよ全員集合には多くの必殺技やキャラクター、アイテムが存在する。しかもその全てがバカバカしい。人間ドリルだとか、山田スペシャルだとか。ただ僕らはその舞台に上がったのだ。舞台に上がったのであればバカバカしいことを大真面目にやるから面白い。そしてそれは漫才やコントと同じだ。漫才師が照れながらボケたってちっとも面白くはない。大真面目にボケるツッコムから面白いのだ。僕はこのドリフト同じタイトルをつけた作品がただ単に語呂がいいからでは無いと信じている。この時代劇だよ全員集合は僕らをその舞台に上げるゲームだったんだと思う。

2010年6月21日月曜日

テトリスについて語ろうか

テトリスについて語ろうか。テトリスは旧ソ連の科学者アレクセイ・パジトノフを中心とした3人が考案した教育ゲームだった。1984年にプレイアブルな状態で発表され、日本ではアーケード版テトリスがセガから1988年に発表された。同年にファミコン版もBPSから発売される。ゲームボーイ版は1989年に任天堂から。

このように様々な会社からリリースされていることからもわかるように、このテトリスと言うゲームのライセンスは非常に複雑な事になっていた。 通常企業が海外でソフトウェアを販売するときライセンス契約を締結するが、このライセンス契約の中身によって、ライセンス自体を切り分けることができる。例えばアーケード版はA社に、コンシューマー向けはB社に、C社はA社とB社の範囲を阻害しない範囲で利用可能といった具合だ。ただし複雑なライセンス契約は、ソフトウェアが売れた場合、もめる事が多い。そして大抵、もめるポイントは契約書に記載していない部分だったりするから厄介である。

おそらく、旧ソ連で作られたという事を抜きにしてもライセンスが複雑な事になっているケースは多いだろう。ただしテトリスの場合はの複雑さは、もろに表出化した。それほどまでにソフトウェアの魅力があったと言うことだろう。

ゲームのライセンスやパテントとの問題は、実は多く起こっている。ファイナルファンタジーのアクティブタイムバトルと言うゲームシステムは特許を取得している。これにより、他社は模倣をすることができなっくなっている。特許を認められるには独自性が必要なわけだが、これの判断は非常に難しい。また、ある程度のゲームシステムの保護がなければ、新しいゲームシステムを考えると言うことを放棄して、パクリだらけのゲームをが生まれかねない。ただガチガチに保護してしまえば、音楽ゲームなどのように訴訟ばかりになり、ゲーム開発現場の自由度が失われてしまう。

ゲームクリエーターとしての判断は面白いゲームを作ることに主軸が置かれ、経営者はマネー的な物を含めゲーム制作の環境をより良くすることに主軸が置かれる。これらの判断は経営者とゲームクリエーターと言う立場で異なるし、それの中で最適なバランスを保っていくべきなんであろう。

すこし話がそれたが、このテトリスと言うゲームの広がりはすごかった。キーチェーンなようなものにも盛り込まれた。文字数にして551文字のテトリスコードも書かれたりもした。このソリッドさ、シンプルさがテトリスの魅力となっている。ゲームシステムは難易度はスピード、目ずべきはスコア、ブロックを敷き詰めて消す、いっぱい同時に消すと高得点、以上である。 中毒性高めの音楽もゲームに没頭させる要因になっていると思われるが、、それは中心的要素ではない。僕らは音楽を消しても没頭できた。

上からブロックが降ってくる。僕らはこれを変えることはできない。与えられた状況でベストを尽くす。そして何時までもテトリス棒を待ち続ける。そしてテトリス棒が与えられ、全てが消えていくのだ。このゲームの目的はストーリーを追うことでもなければ、知識を詰め込むことでもなく、与えられた状況でベストの回答をより短時間出だすことだ。それを反復しながら続ける。勝ち負けは無い。いうなれば、テトリスは野球ではなくキャッチボールだ。バットとボールトの対決でなく、ボールを使った相手とのコミュニケーション。テトリスにおいては乱数と脳とのコミュニケーション。

僕らの脳は生きている限り、回転することを望んでいる。そして気持ちいの良い回転速度があるんだと思う。その回転速度を出させるゲーム がテトリスだったんだと思う。

2010年6月13日日曜日

ドラゴンボールZ 強襲!サイヤ人について語るか

ドラゴンボールZ 強襲!サイヤ人について語るか。ファミコン向けに作られたドラゴンボールのゲームは初代の「神龍の謎」を除き、ほぼほぼ同じゲームシステムなので、どのシリーズを選ぶか悩んだが、強襲!サイヤ人を選ぶことにした。

ドラゴンボールZ 強襲!サイヤ人は1990年にバンダイから発売されたRPGゲームだった。
飯野賢治氏が言っていたことだが、ゲームには三大悪があり、それは「キャラ物」、「続編」、「移植作品」であると言う。そういう意味ではドラゴンボールZ 強襲!サイヤ人についは、かなり黒い方に入ると思われるが、僕はこの作品を高く評価している。というのもこの作品には新しい要素が含まれていたからだ。それはカードと言う要素だった。カードの星の数だけ移動でき、戦闘で使う星の数が多いときだけ攻撃でき、流派と呼ばれる真ん中の漢字がキャラクターと一致すると攻撃力が上がる。

恐らくこのゲームシステムはカードダスの発売によるものだと思われる。カードダスの発売が1988年であり、カードシリーズの最初の作品「大魔王復活」も1988年だった。バンダイと言う企業の特徴を更にあげれば、ガンプラを売るためにガンダムを作った。そう考えると、カードダスを売るためにテレビゲームにカードダスの要素を加えさせたと見るのが適切のように思える。

ただし、経緯はどうであれ、このカードバトルシステムはRPGに影響を与え、シリーズを経るごとにゲームの中核となった。というのもこのカードシステムが取ってつけられたようなものではなく、カードがゲームシステムの中心に据えられたからだ。つまり、RPGゲームにおける操作の基本はフィールド移動と戦闘シーンになるが、その際のどちらの操作方法の中心にカードを置いたと言うことにある。このカードシステムがあるおかげで、従来のRPGに比べ選択できる行動は大きく制限された。一方で戦闘中の行動パターン(使用キャラクターにどのような行動をさせるか)は「たたかう」、「まほう」、「まもる」のパターンと比べて多様性は大きく増えた。

こうしたことを考えるとゲームデザインとは「制約」と「選択の多様性」をどのようにデザインするかと言うことであり、その2つは必ずしも比例関係にはないと言うことではないか。更にいうなれば自由度の高いゲームはとは「選択の多様性」が多いゲームであって、必ずしも「制約が少ない」ゲームを意味することではないと言うことではないか。ドラゴンボールZ 強襲!サイヤ人。そういったことを考えさせられるゲームだった。

2010年6月12日土曜日

ファミスタについて語るか

ファミスタについて語るか。ファミスタはとは1986年12月10日にナムコから発売された野球ゲームである。

初代野球ゲームといえば1983年に任天堂から発売されたベースボールがある。ベースボールは紛れもなく野球ゲームであるがチームプレイではない。その理由としては選手の個性と言うものがなく、バッターやピッチャーの能力は一定である。ただしこのファミスタは違う。

「ぴの」を代表とする足の早い選手がいたし、ピッチャーの投げられる球速も選手によって異なった。このころは実名は使用できなかったが、実際の球団をモデルにチームが組まれていた。そうすることによって野球ゲームの階段を一段登ったのがファミスタだった。また、そうすることによって、年代ごとに選手は入団や引退をするため、続く続編が作られる。その後、コナミのパワプロと野球ゲームのフィールドで戦うことになる。

選手の個性を表現したことによって、実際の球団をイメージしてゲームを遊ぶことが出来ると言う効果もあったが、もう一つ大きな効果を与えたと思う。それは球団をプレイすると言う感覚だ。任天堂のベースボールは、一人の野球選手としてプレイする。それに対してチームという個性を持ったため、チームをプレイすることになった。(チームを監督するだけのプロ野球チームをつくろうというゲームもあるのだが)

チームをプレイすると言うことは実際にはありえない。選手一人一人の人格は個別だから当然だ。ただしそれがファミスタではできる。ゲームならできる。スポーツゲームと言うものは画像を綺麗し、ゲーム要素を移植すればいいかのように考えがちだが、こうした点を考えるプレーヤーのコントロール範囲をどう設定するのかと言う点がゲームのメッセージとなると言うことだと思う。

あとファミスタは音楽も個性的だった。ムコのゲームの音楽はすべてよく作りこまれていた。プロ野球と言うドラマの中で鳴るBGMは無意識的に残り続けている。ファミスタは無意識的にプロ野球チームにさらなる愛情を産んでいき、実際のプロ野ファンも増やしていったと実感している。

2010年6月10日木曜日

ドラゴンクエスト3について語ろうと思う

ドラゴンクエスト3について語ろうと思う。ドラゴンクエストを語るのは勇気がいる。ファイナルファンタジーも同じだ。いつしかこの二つはゲームの中でも神聖な立場を手に入れた。

僕はそれを避けることもできたけど、やはり語りたいと思う。はじめはドラゴンクエスト3から。ドラゴンクエストシリーズは1986年に生まれ、ドラゴンクエスト3は1988年に生まれる。堀井雄二の脚本・ゲームデザイン、鳥山明のキャラクターデザイン、すぎやまこういちの音楽。発売日には店の前に数キロメートルの行列ができるなどの社会現象を巻き起こした。

1988年の2月10日の水曜日にこのゲームは発売された。平日に発売されたため、学校を休んで買いに行く子どもが現れ、400人弱が補導された。まさしくこのゲームは社会現象となった。僕の場合は祖母に買いに行ってもらい、学校から帰るとすぐに電源を入れた。そして始まるあのテーマソング。そして主人公は母親に起こされる子供。今思えば16歳にもなって母親に起こされるなよ、と思うが、一瞬で世界に引き込まれる。そして使命を与えられ、ルイーダの酒場で仲間を集める。大人の世界の変なリアリティが現れる。

今でも無意識的に考える、遊び人は将来賢者になるって本当だよなって。本当はそれは逆でドラゴンクエストが与えた影響のような気もする。要は僕の思考はもはやゲームをベースに成り立ってしまっているのかも知れない。決してそれは悪いことだとは思わないが。

そして不死鳥ラーミヤの復活、一番かっこいいラスボス、ゾーマの存在。あまりにも普通に、あまりにも要素が盛り込まれすぎていて、一人ひとりのキャラクターのストリーが追えない。世界は広すぎて、大きな話が進みすぎていて、結局やることはレベル上げになる。ここにも大人の世界の変なリアリティが現れる。

ドラゴンクエストが持つ魅力は、大人の世界が持つ変なリアリティだと思う。変なリアリティというのは現実にはそうではないんだが、大人の世界ってこんなもんだろうと考える概念上の大人の世界が、ファンタジーの世界に存在している。この要素がファンタジーと相まって、現実と理想の世界の葛藤を生んでいる気がする。

そして最後の最大のリアリティは、プレーヤー一人ひとりが運命に選ばれた勇者であるということ。またそれぞれの使命を担っているということ。人生においてこれ以上のリアリティはないんじゃないだろうか。






2010年6月9日水曜日

アイスクライマーについてでも語ろうか

アイスクライマーについてでも語ろうか。アイスクライマー1985年に任天堂から発売されたアクションゲームだ。ファミコンのゲームながらリメイクされたりしたので知名度は高いのではないだろうか。

ゲームの内容としてはフードを被り、大きな木槌を持った主人公を操作して、上へ上へと登っていくゲームである。妨害する敵キャラクターも4種類くらいある。よくよく考えるとハンマーで山をのぼるという発想には驚きのゲームだ。

僕が子供の頃には気付かなかったが、途中のボーナスステージでとるアイテムがナスなのであるが、これはボーナスとかけたものらしい。こういった遊び心も任天堂の雰囲気が出ていたと思う。

さて、このアイスクライマー最大の要素として二人同時プレイができることがある。左右に別れたスタート位置からはじまり、上に登っていく。この際に二人で協力しながら登るか、それとも邪魔をしながら登るかでゲームの味わいが大きく変わってくる。これは83年発売のマリオブラザーズからの流れと同じで、当時のマリオブラザーズに「協力するか、それとも裏切るか」などと書かれていたのと同じである。協力するか、それとも裏切るかというテーマは奥深いテーマである。その判断基準はプレーヤーに委ねられいる為、プレーヤーの状況によって変化する。敢えてのクリエーターがコントロールできない部分を残すことで、ゲームに自由度を与えているのである。

ただ、プレーヤーに委ねるといってもゲームシステムレベルで「マリオブラザーズ」と「アイスクライマー」はかなり近い。かなり近いにも関わらず、なぜ、僕らは「アイスクライマー」を鮮明に覚えているのだろうか。色々と考えてみた。僕はそれは単純に登るということへの欲求と恐怖なのだという答えを見つけた。まさにそれは現実社会での登山家と同じである。

どういう言う事かといえば、マリオブラザーズは地続きである。しかしながらアイスクライマーはどんどん登っていくのである。それゆえに穴から足を踏み外すと死んでしまう。敵に殺されるのではなく、転落死という事実の身近な恐怖感がリアリティを生むのだと思う。子供の頃(大人もそうでありたいと願うが)、敵と呼ばれる存在は身近にいることは稀だったと思う。一方、転落の恐怖は子供にとって身近だ。塀の上から、アスレチックジムの上から、子供は飛び降りる。そして、高さと言うものの恐怖を体感する。あの股間のあたりがむずがゆくなる恐怖を感じる。

アイスクライマーをプレイしていて、穴に落ちそうなとき、条件反射的にあの感覚が蘇るのである。アイスクライマーの時点で、こちら側の感覚を呼び覚ますリアリティを持っていたということに僕は驚かざるをえない。リアリティの見せ方はデータのボリュームだけでないことを痛感させる。

大人になった今、アイスクライマーを思い出す。協力するときは、いつも事前に確認をした。裏切るときは、確認をしないで始め、協力する風を装いながら裏切る。ああ、僕らの根本的な行動はあまり変わっていない。そう思った。

2010年6月8日火曜日

グラディウスについて語ろうか

グラディウスについて語ろうか。グラディウスは1985年5 月にコナミより発売されたアーケードゲームで、横スクロールのシューティングゲームだ。本来シューティングゲームを語るにはインベーダーゲームやゼビウスを外すことはできない。もちろんその両ゲームもプレイしたし、2Dの中に3Dを表現するとんでもない作り込みだったと思う。

ただし、僕はこのグラディウスが深く記憶に残り続けている。なぜなんだろう。あの音楽、「上、上、下、下、左、右、左、右、B、A」というコナミコマンド、パワーアップシステム、それぞれがオリジナリティあふれる素晴らしいものだった。音楽は今でも通用するし、コナミコマンドは初心者にとってはすごく助かった。子供だった僕はコナミコマンドなしで、あそこまで遊べたかは分からない。パワーアップシステムも、とんでもないスピードにしたり、レーザービームとダブルショットの切り替えなどシューティングゲームの戦略性を大きく広げた。すごい仕様の追加だ。ただし、たぶん、僕の記憶にここまで残り続ける理由はそれではない。

たぶんそれは、このただ広い宇宙に、ただ一機の超時空戦闘機ビックバイパーに乗り込み戦うことにある。上へ移動したときのグラフィックの変化は、広い宇宙空間を旋回するようだし、敵艦隊はデカイ。数多くの敵が攻撃をしてくる、洞窟の基地をくぐりまた宇宙空間で戦う。その瞬間、僕らは孤独な戦士となっていた。僕はその空間に無意識の内に夢中になっていたんだと思う。僕も戦わなきゃ、って思ったんだと思う。宇宙戦士の孤独な戦い、それがグラディウスだ。

最後にふと考える、今なぜシューティングゲームがリリースされないのだろう。シューティングゲームは古臭い物になってしまったのだろう。僕はそうは思わない。エースコンバットがあるしガンシューティングも立派なシューティングゲームだし、バイオハザードだってある意味シューティングゲームだ。シューティングゲームにつきものなのは、まさに打つゲームであるが故に、僕らはなぜ戦うのかということだ。シューティングゲームが古臭いと感じたら、僕らの戦う理由が古臭いということになる。周りを見てみよう。僕らが戦う理由はまだあるだろう?

2010年6月4日金曜日

アーバンチャンピオンについて語ろうか

今回のタイトルはアーバンチャンピオン。1984年に任天堂から発売されたファミコン用ゲーム。僕らはすぐにこれに夢中になった。正確にいえば、物心ついた頃には夢中になっていた。ゲームのルールは単純で上段と下段のパンチにそれぞれの強弱があり、計四つのパンチを打ち合う。ガードは上段下段とスウェーの3つがあった。


兄弟の間で揉め事があるとアーバンチャンピオンで決着をつけることになった。僕らにとってそれはジャンケン以上にフェアなルールだったからだ。繰り出されるパンチは、頑張れば見切れる早さなのだが、一瞬油断するとふっとばされる。そんな絶妙なゲームバランスの上にできていた。本当に行きが止まるほど集中した。負けられない戦いほど集中力が増した。アーバンチャンピオンは揉め事のどちらが譲れないかを測るフェアなルールだった。


そしてパトカーが通りすがる。パトカーはこのゲームにおいて唯一の運の要素。このゲームでは画面3個分吹っ飛ばされると負けになる。ただしパトカーがくれば殴り合いを中止して元の位置に戻される。ギリギリのところでのパトカーは単調さを排除してくれる。運の要素が多ければゲームをする必要がない。ただし運の要素がなければ単調なものになってしまう。運はこのゲームのスパイスだった。

実は運以外でパトカーがくる時が一度だけある。それはタイムアップの時だ。タイムアップ時に体力の少ない方がパトカーに連れていかれる。いわゆる判定負けとなる。まだ小さな僕は、そんな時間切れなんてことがあるなんて思わずに、連行されるのも運だと思っていた。そしてふと思った、子供の頃は遊びに終わりがあるなんて思いもしなかった。人生に終わりがあることを理解をできなかった子供でも勝ち負けは理解できた。アーバンチャンピオンは勝ち負け以外の終わりがあるということを教えてくれたのかもしれない。